私の証



  • 統一教会に入教して10年、20年、30年、40年と歩めば色々な証があるでしょう。入教当時の話、苦労しながらがんばった証、強烈な神体験、導かれて問題解決・・・その他いろいろ。素直な気持ちを投稿してください。1500字前後でお願いします。
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    父母様の苦悩を追い求める時・・・

    人生の最終段階に訪れる究極的苦痛を予想されていたかのような文鮮明先生15歳の時の詩、「栄光の王冠」。心底信じた弟子の背信、最愛の子女の離反。それでも変わらぬ真の愛の誓いは、故郷、猫頭山でイエス様との出会いの時から、今日に至るまで変わることはない。いと小さき者が真の父母様の苦悩を追い求める時、神様の痛みを、イエス様の悲しみをよりリアルに感じてしまう。 これ以上、真の父母様に苦しみを与えてはならない。

    栄光の王冠
    Crown of Glory (Rev. Sun Myung Moon  1935年)

    私が人を疑う時 私は苦痛を感じます。
     私が人を審判する時 私は耐えられなくなります。
     私が人を憎むと時 私は存在価値を失ってしまいます。

    しかし もし信じれば 私はだまされてしまいます。
     今宵 私は手のひらに頭を埋め 苦痛と悲しみに震えています。
     私が間違っているのでしょうか。
     そうです。私が間違っているのです。
     たとえ だまされたとしても 信じなければなりません。
     たとえ 裏切られたとしても 赦さなければなりません。

    憎む者までも ことごとく愛そう。
     涙を拭いて 微笑みで迎えよう。
     人をだますことしか知らぬ者たちを
     裏切りながらも 悔い改めのできない者たちまでも・・・。
     おお主よ! 愛するという痛みよ!

    私のこの苦痛を御覧ください!
     熱きこの胸に 主のみ手を当ててください!
     私の心臓は 深き苦悩ゆえに 張り裂けんばかりです。

    しかし 裏切った者たちを愛した時 私は勝利を勝ち取りました。
     もし あなたも 私のように愛するならば
     私はあなたに 「栄光の王冠」をお捧げします。

    | 2012-02-21 |

    私の原点は真の父母様

    母は、私が小さい時から「あなたの原点は真の父母様よ」が口癖だった。意味も解らなかったが、高校生になった最近は少しわかるようになった。もし、両親が真の御父母様に出会うことなく、また出会ったとしても信仰がなく祝福を受けていなければ私はこの世にはいない。私の命の原点が“真の父母様”にあることは間違いのない事実。だから私が真の御父母様を否定することは、私自身の命をも否定することだと思う。私は生きていることに感謝している。両親に感謝している。真の御父母様に感謝している。神様に感謝している。これからも感謝して生きる。それだけは失わないように生きる。

    そして、祝福2世として両親に願いがある。これからも真の御父母様を信じ続けてほしいと。裏切らないでほしいと。両親は、真の御父母様と私を結ぶ架け橋だから。やがて私も架け橋になる。そして、今もそうであるように私の家にも御父母様のお写真が掲げられ、私の子供の家にも真の御父母様のお写真が掲げられ、私の孫の家にも真の御父母様のお写真が掲げられる。「真の御父母様は唯一無二の方なのよ。あなたの原点は真の父母様よ」。私は母の口癖を忘れない。

    | 2012-02-10 |

    こんな時だから、中心性・・・

    2013年1月13日まで僅380日あまりとなった。その日を境として「一体何がどのように変化するのだろう」という疑問はあるが、これほどまでに真の御父母様が意識と強調される日はこれまで一度もなかった。私は真の御父母様を人類の救世主、メシヤとして信じている。疑う余地は微塵もない。だから今日まで山あり谷ありながらも細々と信仰生活を続けてきた。しかし、D-dayと言われるその日を前に、背信していく食口たちがいることを知ると、み旨の道は簡単ではないことを痛感する。

    かつては、兎グループだとか、中山グループだとか、何々グループだとか・・・統一教会も大変であったらしいが、最近は郭グループという反統一教会グループに悩まされていると聞いた。驚いたことに聞けば郭グループとは、あの郭錠煥氏を中心とするグループだというではないか。ビックリ仰天とはこのことだ。側近中の側近として絶大なる信頼と期待を集めていたはずの郭錠煥氏が、今や反統一教会の急先鋒として御父母様に反旗を翻しているとは・・・? まるでアダムとエバの創造当時のルーシェルのようだ。私にとって郭錠煥氏の行動は、復帰原理の信憑性を証明する出来事であり、復帰摂理が堕落の時点まで辿り付いたことを証明するものとなった。厳しい局面だが希望との一線の時を迎えたように感じている。

    郭グループ問題は、結構、大変な問題にまで拡大しているようだ。しかし、公明正大で真の愛の主人である真の御父母様の前に2年以上も堂々と現れることが出来ないでいる状況は、誰の目から見ても郭錠煥氏は何らかの過ちを犯し、負債を持ってしまったと見るのが妥当ではないか。明らかに郭錠煥氏に問題があると見るべきだろう。「2013年1月13日が近づくにあたって、私たちの信仰生活に益々大きな試練があるかもしれない」と教会長より忠告を受けた。右往左往せず、中心性を正して真の御父母様にしっかりと繋がることが無難であると思っている。

    郭錠煥氏のグループに関して本部でも公式的にサイトを立ち上げています。私たち協会員にとって心痛い問題となっているのが郭グループの問題です。しかし、感情論ではなく、先ず正しく認識し、原理的に解釈することが重要と感じます。是非、下記のサイトを訪ねてみてください。(教会長)

    参考サイト
    真の父母様宣布文実行委員会

    | 2012-02-08 |

    文鮮明師の自叙伝に対する気持ち

    先ず、善なのか、それとも悪なのか。その結果を出す前に文鮮明師という人物は、普通の人物ではないと判断はできるのではないだろうか。この方を巡って世間には、偉大な人だという人もいれば、とんでもない人だという人もいるようだ。私の周りには実に多くの人たちが居るが、「善人なのか、悪人なのか」と注目を集める人物は皆無だ。いずれにせよ、長い年数にわたって、噂になるような人物は私の周りにはいなかった。

    かつて、麻原彰晃という人物が居て、オウム真理教という宗教団体を立ち上げ、大いに物議をかもし出したが、結論は悪となった。確かに独り善がり的であり、無差別に殺人をするなど宗教団体どころの話ではなく、人間としてあるまじき考えであり、その行動は言語道断である。では、統一教会という宗教団体、文鮮明師という教祖は、言語道断なものなのだろうか。

    問題は、どのような人々が「とんでもない」と言っているのか。そして、どのような人が「偉大だ!」と言っているのかだと思う。人の思い(称賛や批判)などは、その方々の利害関係や好き嫌いで批判にもなるし、称賛にもなることを私たちは知っている。正しいのか、間違っているのかは、やがて歴史が証明することになるであろうが、統一教会の歴史は50年を越えたと聞く。本当に悪であるならば50年は続くことなく消えたようにも思うし、上手く生き延びてきたのか・・・?

    統一教会には、あまり関心もなかったのであるが、文鮮明師の自叙伝を読んで率直に感じたことは、この方は普通の物差しで計れるような人物ではないという思いであった。故に、私のような一般人がこの方に対して善悪を批評できる立場にはないと感じた。少なくとも私はそうだ。記述されている世界的平和運動というものを検証した結果、それが真実だった場合、その時初めて、文鮮明師が偉大な人物だと記憶することになるだろう。それほど記述されている内容は、人智を超えているものが多かった。

    | 2011-11-28 |

    自叙伝を読んで(K.Hさん)

    文鮮明師自叙伝を読んだ一般の方(K.Hさん)から、感想が寄せられましたので紹介します。

    送っていただいた文鮮明師自叙伝、時間がかかりましたがようやく読み終えました。感心しながら読ませていただきました。統一教会というのは聞いたことがありますが、見ず知らずの者同士の結婚相手を見つけて一緒にさせるという位の知識しかありませんでした。実際には、世界中で活動する仲間(食口)がいることがわかって、そして文総裁自らが世界を飛び回って活躍していることを知り、驚いています。宗教関係の本や雑誌は一方的な誇張表現が多く、勧められれば読んだりもしましたが積極的には読みたいと思ったことはありませんでした。この本も文総裁のカリスマ性を引き出すために書かれたのだろう位に思って読み始めました。

    最初、遅々としてページが進まず、読むのを止めようかと思いましたが、少しずつ引き込まれていって、捕まって投獄生活を送るようになってからはページがはかどりました。本人の体験を基にかかれていますので、読む人に感動をあたえるのでしょう。一般の人では体験できない事をよくもあれだけ高く、深く経験できたものだと感心しました。そこが教祖たる所以で、一般人にはない大きな力が備わっていたのでしょう。世界の主だったリーダー達とも話し合っているのですね。金日成やゴルバチョフと親交を深めたというのですから、我々で考えられない大きな人物なのでしょう。

    「愛」を全面に打ち出して、決して自分の宗教だけが正しいと主張することがないのにもびっくりです。あまた有る今の宗教は他の宗教を排斥しようとしています。平和世界を実現するためには、物質文明の中では実現不可能と訴えて、世界の宗教指導者が集まって会議を開き、腹を割った議論の中から平和を実現する統一見解を出していくことが必要と説いていることも驚きです。朝鮮半島を統一できれば、世界全体を統一できるという発想も、土地の面積の大小は無関係で地球全体、はては宇宙を見据えた大きな見地に立たないと言えないことだと思います。

    自分のことよりも他人に為すことに重きを置き、利益や富の追求はすべて平和活動のために行い、大きな愛で家庭や故郷ついには国や世界まで包んでしまおうというのですから大変なものです。現実に今、統一教会がどんな動きを行っているのか知る由もありませんが、どのような方向に今後発展していくのか、それとも衰退していくのか関心を持って見つめていきたいと思います。

    | 2011-11-01 |