私の証



  • 統一教会に入教して10年、20年、30年、40年と歩めば色々な証があるでしょう。入教当時の話、苦労しながらがんばった証、強烈な神体験、導かれて問題解決・・・その他いろいろ。素直な気持ちを投稿してください。1500字前後でお願いします。
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    お会いできることの重要さ

    今回、恵まれて7月10から15日までのラスベガスツアーに参加することが出来ました。ビックリするようなくらい近くで真の御父母様からみ言葉を受けさせていただきました。10時間という長い訓読会でしたが、狭い空間で目の前に人類の救世主、メシヤ、真の父母であられる方がいらっしゃると思うとそれだけで感激でありました。このような立場は、食口であったとしても多くの方々が経験できるものではないと思えば思うほど感謝、感謝でありました。約20年ほどの信仰生活ですが、これからの信仰生活にも大きな励みとなる一場面となったことを確信しています。

    信仰とは、どちらかといえば“心の中の世界”と捉えがちで、キリスト教のように2000年前のイエス様を信奉するなど、遥か数百、数千年前の開祖様を慕って信仰する観がしますが、私たち統一食口はそのようであってはいけないと思います。生きて勝利された偉大なる真の御父母様が、今この時代に実体として生きておられるのですからその方の価値を正しく認識することができたのなら、「何とかお会いできないものか!」と心が動かなければならないと私は思います。そんな私でも、基準が下がっている時は「会う、会わないが問題ではなく、しっかりと信仰生活することが重要だ」などと言い訳っぽくなってしまうこともよくありました。

    統一教会の信仰の原点は、神様と人間との親子関係の回復であると言われています。確かにそうだと思います。足らないながらも私は、真の御父母様が神様の領域にある方、神様そのものであることを実感しています。であるとするならば、遠くからその方を眺めて慕っているのではなく、近くでお会いし、更に心情の因縁を深める場面、場面を作ることが重要ではないかと感じます。食口(家族)でありながらも心情的にお会いできない方が多くいらっしゃると聞く中に、お会いしなければ復帰できない親子の関係や、真の御父母様の偉大なる姿があることを実感しました。

    今回、お会いできたからどうのこうのではありませんが、出来の悪い、足らない娘を前にしながらも親の愛情を見せてくださる御父母様の御心情に触れ、再び頑張ろうとする心が溢れたことは事実でした。大した責任者でもない者がこのような大きな恩恵に預かれたことに心から感謝し、一人でも多くの方が生きておられる救世主、メシヤ、勝利された真の父母様とお会いできるチャンスを逃さぬようにしていただきたいと思いました。ありがとうございました。

    | 2011-07-19 |