ホント・・・の話
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  • 統一教会員をめぐる拉致監禁。江戸時代にタイムスリップしたかのように繰り広げられる現代版『キリシタン狩り』。信教の自由剥奪・人権侵害、民主主義の根幹を揺るがす問題の裏側を考えるシリーズ。
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    1990年4月8日、“文鮮明師、電撃的モスクワ訪問”の報が世界中を駆け巡った。そして翌年、再び衝撃が世界中を駆け巡った。1991年11月30日、“文鮮明師、ピョンヤンへ電撃的訪問”の報であった。反共産主義の盟主、文鮮明師の相次いだモスクワ、ピョンヤン訪問は、平凡に暮らす一般人にとっては、さほどインパクトも無かったのかもしれないが、世界中の共産主義者たちにとっては大きな衝撃となった。そして、統一教会を敵視し、対峙してきた者たちにとっては窮地へと追い込まれる序章であった。文鮮明師がモスクワへ訪問し、ゴルバチョフ大統領との会談後程なくゴルバチョフ大統領は、改革を加速させソ連共産党を解党し共産主義体制を終焉させる。また、ピョンヤンを訪問し、金日成主席との会談後、程なく核査察が受け入れられ、韓国、北朝鮮の離散家族も再会を許されるようになった。

    そして、1992年の3万組国際合同結婚式で三度、文鮮明師と統一教会は世界中から大きな注目の的となる。文鮮明師とは何者なのか。統一教会とはどのような組織なのか。善なのか、悪なのか。この時、文鮮明師の真実の姿、この時、統一教会の存在価値を世界中は知るべきであり、当然、日本国民も理解すべき絶好のチャンスを迎えた。しかし、それは統一教会を敵視し、対峙し、迫害してきた者たちにとっては、絶対的に許してはならないことだった。それは自ら自身の立場を失うことであり、奈落の底へと落ちることを意味していた。彼らは保身の為の道を探さざるを得なかった。マスコミを使い、連日のように統一教会批判を繰り返さざるを得なかった。まんまと国民は彼らに洗脳された。そして、彼らが最後の仕上げとして実行したのが山崎浩子さんの拉致監禁改宗であった。

    天下分け目、伸るか、反るかの分水嶺、この一大窮地に反統一教会派が取った作戦が3万組国際合同結婚式に参加した有名人、桜田淳子さんの拉致監禁改宗、そしてテレビ出演をさせての統一教会批判というシナリオであった。ところがそのシナリオは、思うようには進まなかった。彼らは、その矛先を山崎浩子さんにシフトチェンジせざるを得なくなった。有名人の拉致監禁、説得改宗、そして、テレビ出演させてまでの統一教会批判。計画は国民に強いインパクトを与え、統一教会は窮地に追い込まれるのが必至であった。これらは統一教会を食い物にしてきた反統一教会牧師と詭弁な弁護士、共産主義思想にかぶれたジャーナリスト、視聴率を取りたい一部マスコミ、職業拉致監禁改宗屋たちの計画的犯行であり、山崎浩子さん家族をけし掛け不安心を煽り、あってはならない信教の自由と人権侵害という大きな犯罪であった。計画どおりに事は運んだ。しかし、この犯罪がやがて日本を窮地に追い込むなどとは、彼らには考える余地もなかったであろう。

    | 2011-11-24 | ホント・・・の話

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