1970年代、国際共産主義勢力は、更に勢いを加速化させ、75年春にインドシナ3国を共産化し、さらに78年にかけエチオピアやモザンビークなどアフリカや中米ニカラグアで共産国を次々に樹立、自由陣営への攻勢を一段と強めていきます。そして79年にはソ連がアフガニスタンを軍事侵略するに至ります。これはニクソン米大統領が失脚し、ベトナム戦争で疲弊する米国の隙をついたもので、この危機が遠からず東アジアに波及するのは必至でありました。ソ連は太平洋艦隊をはじめとする極東ソ連軍を大増強し、日本周辺において覇権を確立しようと積極的な動きを見せます。
現代の戦争は総合戦であり、直接的な軍事的侵略を行う前に、スパイ工作や思想工作など複合的な戦略が行使されるのが常識であります。したがってソ連の直接侵略に対抗する以前に間接侵略への備えが不可欠となります。そこで国際勝共連合はこうした危機に対処するために、78年にスパイ防止法制定3000万人署名国民運動を展開します。79年にスパイ防止法制定促進国民会議の設立に加わり、都道府県会議を全国で設置し、地方議会における同法案制定請願運動の先頭を切って奮闘することとなります。
このようなソ連の間接侵略を防止する運動に真っ向から反対したのは、言うまでもなく日本共産党や日本社会党の共産主義勢力でありました。『国際勝共連合の母体は統一教会。統一教会を叩けば勝共連合も弱体化する。』そのような考えは、共産主義者ならば当然のように浮かぶことであります。1980年代に入り、統一教会と共産主義者との更に激しい攻防戦が経済成長著しい日本の水面下で展開されていくことを知る者は少ないのです。
『如何にしたならば統一教会を社会悪とすることが出来るのか・・・? 反社会的団体としてレッテルを貼りつけ封じ込められるのか・・・?』共産主義者たちの戦略は一点に絞られます。目をつけたのが勝共活動の資金源と思われていた一部の統一教会信者たちが自主的に行っていた経済活動でありました。共産主義者たちは、これを利用し、いかにも日本統一教会が組織として違法な経済活動を行っているかのごとくに人々を洗脳し始めます。世に言う“霊感商法”と煽りたて、統一教会を封じ込める作戦の始まりでした。
やがて“霊感商法”は人々の間に静かに浸透し始め、日本統一教会は大きなダメージを受けるようになります。人々は統一教会が如何なる教えと活動を行っているかに注目するのではなく“統一教会=霊感商法=社会悪”というイメージを少なからず持ち始めるようになります。共産主義者たちのプロパガンダは見事に成功することとなったのです。
しかし、彼らの思惑ほどに日本統一教会の弱体化は進むことはありませんでした。かえって、全世界の共産主義者たちが予想もしえなかった驚くべき現実を1990年代初頭に見ることとなります。この現実が、共産主義者たちを驚嘆させ、憤慨させ、更に文鮮明総裁と統一教会に大きな圧力をかける理由として記憶されることになります。その真実とは・・・・・・
次回までお預けとしましょう。
To be continued.

