共産主義の克服

勝共支部・班結成の広がりとともに勝共会員750万人を達成した1984年秋、 「全国縦断7大都市勝共国民大会」が行われた。フィナーレとなった「世界の平和と安全を守る東京大会」には、関東一円から3万人が集まり、久保木修己会長が「激動するアジアと未来」のテーマで講演を行った。

「全国縦断7大都市勝共国民大会」
(1984年10月30日、東京・日本武道館)

救国の心情で全国を講演
して回った久保木修己会長

「スパイ防止法制定促進
国民大会」でスパイ防止法
の必要性を訴える
岸信介元首相(1981年)

「救国救世全国総決起
大会」で基調講演を行う
中曽根康弘元首相(2004年)

勝共運動の3段階

日本においては1968年4月1日、国際勝共連合が創設され、今日まで40年間、3段階の勝共運動を展開してきました。

第1段階は「共産主義からの防衛」。1960年代、70年代の安保闘争で日本が共産革命の脅威にさらされる中、「共産主義は間違っている」ことを広く日本国民に啓蒙し、共産主義の拡張を防ぎ、自由と平和を守るために貢献しました。

「共産主義は間違いである」と、街頭で訴える勝共会員たち(1969年)

第2段階は「共産世界の解放」。世界共産化を狙うソ連(当時)の後押しを受け、1975年のインドシナ3国の共産化に続き、エチオピアやニカラグアなどが次々に共産化されました。そんな中、80年代にはソ連などの間接侵略を防ぐため、スパイ防止法制定運動を積極的に推進。同時に、韓国や米国などとの国際的連携を強化しました。その結果、ソ連の共産主義は終焉し、多くの国が共産主義から開放されました。

ソ連の間接侵略を阻止するためにスパイ防止法制定を訴える(東京・渋谷)

第3段階は、「真の世界平和の構築」。冷戦終結後の今日も、共産主義は依然として息づいています。アジア、中南米諸国では自由世界の脅威であることに変わりはありません。日本では形態を変えた「変形共産主義」として、ジェンダーフリー、過激な性教育が社会をむしばんでいます。とりわけ青少年と家庭に重大な悪影響を及ぼしています。このような問題への取り組みを強化しています。

世界平和連合を創設

1990年代には、冷戦構造の終結後に噴出した民族紛争や宗教対立、貧困、食糧およびエネルギー問題、家庭崩壊と青少年犯罪、エイズ問題などが顕著になってきました。そうした地球規模の諸問題に対処するために、国家元首と政治指導者、学者などの
英知を結集して「世界平和連合」(FWP)が創設されました。

世界平和を実現するには、利己主義を克服し、民族・宗教・国家の壁を越え、人類一家族の共生共栄共義社会を実現しなければなりません。日本では、1996年3月21日に、世界平和連合が創設され、国際勝共連合とともに、神主義・頭翼思想による平和秩序の構築に向けて邁進しています。

日本の「世界平和連合創設大会」(1996年3月21日、東京・千代田)